【殺人鬼か自由の代弁者か】ナット・ターナー|ヒト

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忘れられた闘士

 

 アメリカで黒人の奴隷解放や人種差別のために闘った人達はたくさんいます。公民権運動の時代に活躍したキング牧師マルコムXローザ・パークス奴隷制時代に活躍したジョン・ブラウンフレデリック・ダグラス、ハリエット・タブマン。このナット・ターナーもその一人です。しかし、アメリカ国内でもあまり有名な存在ではなく、公の場で語られることまずないそうです。その理由は彼の起こした事件を伝えるものがほとんどないこと。また、その事件があまりにも凄惨であったため、その地域の人達によって封印されてしまった歴史だったからです。

 


 生い立ち

 

 まずは彼の生涯を辿ってみたいと思います。名前はナット・ターナーターナーは奴隷所有者の名)。1800年アメリカ・ヴァージニア州南東部のサウサンプトンで黒人奴隷の子として生まれました。彼は他の奴隷と違い、特別な存在でした。当時の奴隷の多くは自分の名も書けませんでしたが、彼はとても賢く、読み書きもでき、聖書を読むことができました。また、額と胸に特徴的なアザがあったため、両親は神秘的な存在として信じていましたし、彼自身も自分が特別な存在であると自覚があったようです。その後、彼は聖書に傾倒し、高い教養を持っていたため、一部の白人からも尊敬される存在になっていきました。

 


 説教師として

 

 奴隷として綿花の収穫を行う傍らで教会の説教師としても活動していました。奴隷所有者の求めに応じて奴隷が反抗せず従順であることを説教させました。この背景には、アメリカでは奴隷制度開始から長い年月が経っていたため奴隷所有者に絶対的な支配権が与えられていることは自明のことでしたが、1791年にハイチで奴隷による反乱が起き、たくさんの白人が殺害されたことへの不安があったのかもしれません。説教師の経験から多くの奴隷の惨状を目の当たりにしたことで、聖書に書かれていることとの矛盾を感じて、葛藤したことでしょう。

 


 反乱前夜

 


行け アマレクを討ち その一切を滅ぼし尽くせ 男も女も子供も牛も羊も皆 容赦なく殺せ

                        旧約聖書 サムエル記


 彼は聖書に登場するダビデやギデオン、ヨシュア、サムソンのように戦うことを決意しました。1831年の2月に日蝕があり、これを神の啓示と受け止め、具体的な準備に取り掛かりました。キャビン池と呼ばれる池の畔で同志の奴隷たちと決起を誓い、8月13日にもう一度日蝕が起きたことを最後の合図に、その1週間後の8月21日に反乱を決行。50人余の奴隷たちは抑圧的な奴隷制度からの自由を求めて立ち上がったのです。

 


 反乱決行

 

 反乱の最初の犠牲者は当時のナットの所有者でした。就寝中を襲い、一家5人を殺害します。次々と農場を襲撃し、ある家では大人1人と子供10人が犠牲となりました。しかし、反乱は即座に鎮圧されてしまいました。約48時間の反乱で60人以上の奴隷所有者とその家族が犠牲となりました。ナットは森に逃げ、2ヶ月以上姿を隠しましたが、民兵に捕らえられ、ヴァージニア州エルサレムの監獄に収監されました。処刑数日前に弁護士のトーマス・グレイが面会をして、犯行の動機だけでなく、その人生についても聞き取りをしたことで記録として残すことができました。

 


その後

 

 11月11日、ナットは木に吊るされ絞首刑に処されました。反乱に加わったとされる他の奴隷たちも全員処刑されました。白人たちの報復として無実の数百人の奴隷や自由黒人も殺されました。また、彼の意志の継承を阻むために、ナットの遺体は皮を剥ぎ、解体され、皮は記念品に、脂は潤滑油に加工されたといいます。当然、墓や石碑などはなく現在もどこに埋葬されたかわかりません。このナット・ターナーの反乱は全国を震撼させたことは言うまでもありません。規模は小さかったものの、この30年後に起こるアメリカ最大の内戦・南北戦争の一因にもなったと言われます。現在でもナット・ターナーの評価を巡ってはただの殺人鬼と見なす人もいれば、自由を求めるものの代弁者として讃えられるべきとする人もいます。どちらにせよ忘れてはいけない歴史の一つに変わりありません。

 


逸話

 

 ナット・ターナーはよく幻を見たそうです。その具体的な記述も残っています。白い精霊と黒い精霊が闘い、太陽は光を失っている。雷鳴が鳴り響き、血が滝のように流れる。トウモロコシから流れる血は天の涙のようであったと語っています。

 

 

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ナット・ターナーの生涯を辿った伝記的映画。ネイト・パーカーが監督・脚本・原案・製作・主演し、南北戦争前夜の奴隷制時代を描く。胸糞悪い人たちがたくさん出てくるので閲覧注意。

 

ウィリアム・スタイロン「ナット・ターナーの告白」(1967)はピューリッツァー賞を受賞した作品であるが、その評価について大きな論争となった作品。また、同名の本、トーマス・R・グレイ「ナット・ターナーの告白」(1831)は弁護士のトーマス・R・グレイが処刑数日前にナット・ターナー本人から聞き取った内容をもとに書かれたもので、貴重な一次資料であるが筆者の主観が度々混じっており、告白の内容には疑問視される点もあるので注意が必要。
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